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▼東大阪むかしむかし『その27 かわちの国はお城がいっぱい』(まいぷれ東大阪) 【講座・教室情報】 印刷ページ
【その他】 なのはなネット管理人 TEL: 更新日:2017-12-08 17:56
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むかーしむかし、

生駒の山にもふもとにも、

いっぱいお城があったんじゃ

 

◇水の城、山の城

 河内のくには城だらけ!

室町時代、世の中は戦にあけくれていました。

領地を取ったり取られたり、防衛のために

要害の土地に次々とお城が建造されました。

 

それらのお城は、今、わたしたちのイメージ

しているお城とは程遠く、その多くは

「土塁の上に楯を並べて物見やぐらを建てた、

砦に毛の生えた程度のもの」にすぎなかった

のですが、そのかわり、本当にそこいら中に

お城がありました。

 

八尾城、

萱振城、

福万寺城、

瓜破城

恩智城、

若江城、

鷲尾城、

砂山城、

水走城、

客坊城、

往生院城、

池島城   

等々・・・・

 

一般的に、この時代のお城の多くは

山の上に築いた「山城」でした。  

が、ここ中河内では北流する大和川の

水を防御に使った「水城」が主流で、

山城は生駒山にわずかにあった程度

だったそうです。

 

その代表的な水城が、「水走城」でした。

 

この続きはこちらのページで・・

http://higashiosaka.mypl.net/mp/rekishi_higashiosaka/?sid=60993

 

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◆親子で楽しむ 『東大阪むかしむかし』◆

http://higashiosaka.mypl.net/mp/rekishi_higashiosaka/

 

東大阪市の歴史ってとっても古いんですよ!

わが街のいろんな歴史を子供たちに伝えていきませんか? 

地元の語り部が、わが街の歴史をわかりやすく紹介するこのコーナー。

親から子に、是非読み聞かせてあげてくださいね!

 

(「まいぷれ東大阪」さんの投稿記事より)

http://higashiosaka.mypl.net/

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▼東大阪むかしむかし『その26 清酒が醸した鴻池、はじめのはじまり』(まいぷれ東大阪) 【講座・教室情報】 印刷ページ
【その他】 なのはなネット管理人 TEL: 更新日:2017-12-06 23:57
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むかーしむかし、鴻池新田会所に綿が

集うようになるまでのお話しじゃ

 

 

◇鴻池の犬

 東に聳える生駒山があたかも庭の一部の

ようにあしらわれた広大な屋敷の片隅に、

うららかな日差しを浴びて寝そべっている

二匹の犬。

 

カヤやクスノキの巨樹に囲まれた母屋を

中心にたくさんの土蔵や長屋門、敷地内には

朝日社と神社まで鎮座しています。

 

ここは大阪の大商人・鴻池善右衛門の新田会所、

小作の徴収・年貢の上納・宗門改め・新田内の

お裁きなどなど、河内平野の新田の6分の1を

も占めるおよそ200haもの鴻池新田を

差配する事務所です。

 

この二匹の犬、一匹はガッシリした体格の

白い犬、もう一匹はガリガリに痩せ細った

黒い犬で、姿かたちは似なくとも二匹仲の良い

兄弟でありました。

 

むかし、さるお店の軒先に捨てられていた

三兄弟の子犬、一匹は亡くなり、一匹は捨てられ、

もう一匹は、なんと奇縁あって鴻池善右衛門に

貰われて行きました。

 

貰われた子犬は鴻池家で大切に育てられ

立派な犬に育ち、まわりのいぬ仲間からも

「鴻池の犬」と一目置かれる存在になって

いました。

 

あるとき道でいじめられている痩せた犬を

助けると、これは何と!幼き頃に生き別れの

わが弟ではありませんか。

 

再会に感謝し、弟の体の療養のために、

二匹連れもって大阪市内の本宅から

この河内の田舎の新田までやってきた

しだい、

 

余す時間のつれづれに兄は弟に、いかに

この鴻池家の恩がありがたいか、すごいお家で

あるかを語って聞かせるのでありました。

 

この続きはこちらのページで・・

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▼11/30 今日の焙煎豆  ◇スマトラ・マンデリンG1◇ 【講座・教室情報】 印刷ページ
【近江堂】 自家焙煎の店 フクモト珈琲 TEL:06-6725-6172 更新日:2017-12-01 22:34
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▼11/30 今日の焙煎豆  

◇スマトラ・マンデリンG1◇

焙煎時間 21分35秒
焙煎時最高温度 213度
外気温 15度

『低温焙煎』で焙煎されたマンデリンは、

柔らかな苦味の中にまろやかな酸味が

あるのが特徴です。

 

煎り上がりの豆の色合いからは、

焙煎が深いように感じられますが、

味のベースは浅煎の味わいがシッカリと

残されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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◇自家焙煎の店 フクモト珈琲◇
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▼東大阪むかしむかし『その25市場の川面に花の香薫る』(まいぷれ東大阪) 【講座・教室情報】 印刷ページ
【その他】 なのはなネット管理人 TEL:06-6725-6172 更新日:2017-11-19 23:58
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▼東大阪むかしむかし

『その25 市場の川面に花の香薫る』(まいぷれ東大阪)

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むかーしむかし、花園はホントに

『花園』だったんじゃ

 

◇玉串川

 河内のくには河のなか、江戸時代の半ばまで、

大和川は柏原から北上し長瀬川・玉串川など

に分かれ、長瀬川は、広いところで川幅700m

もあり、玉串川も川幅200m近くもありました。

 

たくさんの川がながれるこの土地は、

大雨がふるたび洪水となって田畑を流し、

中世のころは河原の荒地と化していました。

 

無住の河原は、だれのものでもありません、

さすると、この荒れた土地に、どこからともなく

人が集まってくるのです。

 

年貢の厳しさに逃散した農民、旅を枕に

芸や春をひさぐ傀儡子(くぐつ)たち、そして、

商人や物資の輸送に携わる馬借(ばしゃく)たちなど。

 

大きな荷物は馬で運ぶより舟、道はあちこちで

川に分断されているので、人や物の流れは

陸路ではなく水路が便利です。

 

積み荷をのせた舟は玉串川をさかのぼり、

玉串の市場をめざしていくのでありました。

 

玉串川は、現在の花園駅付近で吉田川と

菱江川に分れ、川筋の分岐点である

この場所は、物資の集散地としてもって

こいで、船着き場には大きな市場が

立っていました。

 

花園は「市場」という地名で呼ばれていたのです

 

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▼コーヒーのはじまり (フクモト珈琲) 【講座・教室情報】 印刷ページ
【その他】 なのはなネット管理人 TEL:06-6725-6172 更新日:2017-10-24 17:56
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コーヒーはいつごろから、人に飲まれるようになったのでしょうか?

コーヒーの起源については諸説あるようです。

 今回は有名な説を2つご紹介します。

 

 

 

 

 

 

 

  • エチオピアの山羊飼いカルディの伝説《エチオピア》

 

 エチオピアにカルディという山羊飼いの少年がいました。

カルディは、ある日潅木の赤い実を食べたヤギ達が、夜になっても騒がしく遊びまわっているのに気づきました。

そして自分もその赤い実を食べてみました。

すると、元気わいてきて爽快になり、毎日を楽しく過ごしていました。

 

ある日イスラム教の僧侶たちが通りかかりカルディからこの不思議な赤い実のことを

聞き効用を知ります。

 

僧侶たちはこの実を持ち帰ります。

そして眠気がとれ、気分が良くなるこの実を大変珍重し、修行の為に使用することになりました。

その為イスラム教の僧侶の中で評判となり、広まることとなったとういう伝説です。

 

 

 

 

 

 

 

 

  • イスラム教の僧侶シーク・オマールの伝説《イエメン》

 モカという町にシーク・オマールという祈祷師がいました。

ある日、モカ王の娘が病気になりオマールが祈祷をすることになりました。

オマールは娘の病気を癒したのですが、その娘に恋をしてしまいます。

 

それが王に発覚し、オマールはオウサブという地へ追放されてしまいます。

食べるものもなく山中をさまよい歩いていると、一羽の鳥が赤い実をついばみ陽気にさえずっているのを見つけました。

 

オマールは試しにその実でスープを作ったところ、素晴らしい香りがする飲み物ができ、飲んでみたところ疲れが吹き飛ぶようでした。

 その後オマールはその赤い実を使い多くの病人を救い、罪が許されたそうです。

 

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◇自家焙煎の店 フクモト珈琲◇

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